お知らせ

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お仏壇はいつ求めますか

族に亡くなった人が出て、初めてお仏壇を購入する人が多いのですが、出来れば家を建てたら必ずお仏壇を求め、御本尊さまを安置し、御先祖様のお位牌をまつっていただきたいものです。
家庭の中心にある、お仏壇は心のよりどころとなります。
禅寺の一日は、朝の暁天の坐禅で一日が始まり、夜坐で一日が終わります。
皆さんも、朝起きたら、お仏壇の前に静かに端座して、心を落ち着けて一日をはじめ、一日の終わりもお仏壇の前で、静かに座り一日を省みて就寝する。そんな生活を心がけてみませんか。
そうした、一日一日の積み重ねを続けていくと、これまでと違った人生が送れると思います。
あわただしい現代社会であるからこそ、静かに座る時間は貴い時間となることでしょう

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

お坊さんの呼び方

お坊さんに話しかけるときに皆さんは、なんと呼びますか?
宗派によって違うこともありますし、立場によって違うこともあります。
こどもたちからは、「お坊さん」と呼ばれることが多いのですが、「はげ」と呼ばれることもありこれには苦笑いです。
檀家の人からは「方丈さん」とか「住職さん」と呼ばれることが多いです。曹洞宗以外では、「上人さま」「御前さま」と呼ぶ慣わしのところもあるようです。中国へ行った時は、「和尚(わしょう)」と呼ばれました。
先生と呼ばれることもありますが、僧侶は人々の上に立って教えるのではなく、人々の傍らに立ち一緒に歩んでいくのが大乗仏教の僧侶の立場だと思っているので、先生という呼び方を私はあまり好みません。
近所の人は、私を子供の頃のまま「しょうえいちゃん」と呼んでくれます。これも悪くありません。

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

清めの塩は何を清める?

私が住職になりたての頃、清めの塩を使わないでいると、会葬者が、「どうしてお清めしないのですか?」と聞かれ、「お坊さんはもともと清らかだから、清めなくてもいいんですよ」と答えていました。
私ども曹洞宗では清めの塩を使う事はありません。仏教そのものが清めの塩など使わないのです。神道では、塩を使いますが、御霊の帰るところを払うのであって、葬儀場がけがれているからという理由で祓うのではないのです。
塩をまいて清めるというのは全く意味の無い失礼なことだとご理解ください。本当は清めなければならない、けがれたものは葬儀の場には無いのですから。  

参考文献『曹洞宗ブックレット宗教と人権4』

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

命はどこから来るの?

天と地を指し示した誕生仏は命の尊さを表現しています。
命はオギャ-と生まれたときに始まり、死んだときに終わるのでしょうか。
「いのち」は、父と母から受け継ぎます。そして、その「いのち」につながるものは父と母が生まれる以前からも存在しているはずです。そして、その命は、はるか大昔から続いてきたことは確かです。もし途中でその「いのち」が途切れていたらどうでしょう。「わたし」という存在は、この世に生まれて来なかったでしょう。すべての生きとし生けるものはそのような、尊い命を受け継いだ存在なのです。4月8日は花祭りです。お釈迦様に甘茶をかけて、ご家族で命の尊さを話しあってください。

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

どうしてお坊さんがお葬式をするの?

今では、あたりまえにお坊さんがお葬式をしていますが、大昔は一族の長老が葬儀を司祭していたそうです。道元禅師の頃はもちろん、その後も僧侶が一般の人の葬儀を行うことはありませんでした。時が流れ、一般の人も僧侶に葬儀を頼むようになりました。(当山では寛文年間-約340年前からの記録は残っています。) そこで僧侶は、没後作僧(もつごさそう)、亡くなった人を僧とみなして亡僧葬儀法によりお葬式をとり行いました。これが、葬儀の最初に授戒を行う由縁です。仏教徒といたしましては生きているうちに生前授戒で戒名を頂いておくのが望ましいといえるでしょう。

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

日本の火葬は日本式

現在日本で一般に行われている火葬はお骨を拾ってその後、墓地に納骨します。
これは、インドの遺体を火葬し、灰にして川など流す風習と、日本古来の土葬の風習が融合したものです。いってみれば純粋な火葬ではなく埋火葬といえるでしょう。
完全な灰にせず、骨を残しそれを壷に収めてお墓に入れるあたりに、土葬の名残が感じられます。
人は、お墓参りという行為を通じて、亡くなった方を追慕し敬愛の念を表します。死者を弔う方法には世界各地それぞれ宗教・民族の特徴があらわれています。
ところで、関東と関西では骨壷の大きさが違うことをご存知でしたか。関東の骨壷を関西に持っていくと大きすぎてお墓に入らないそうです。

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

六曜について

友引・大安などの六曜は深い教義に基づいたものではありません。
たかだか百二、三十年前に確定した機械的に当てはめた曜日の一種です。
(参考文献―平成13年版 曹洞宗宝暦)
こうした吉凶の占いに頼る心情はわかりますが、曹洞宗の教えから見れば迷信であると言えます。
『一期一会』の出逢いを大切にし、一日一日を精一杯生きる。『日々是好日』なのですから。

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

戒名ってなあに?

全日本仏教会が戒名料という表現を止めることを宣言したのをご存知でしょうか。
しかし、よく戒名料が高いとかっていう話を聞きますよね。
戒を授かる(授戒)しるしにいただくのが戒名ですから、生きているあいだに戒名を受けるのが理想的な仏教徒のありようだと言えるでしょう。
戒名を授かりたい方はそれぞれの菩提寺に御相談してください。
戒名をいただくという事は、戒名を授けてくれた僧侶の弟子となり、一生ご指導を受けるということになります。
ちなみに曹洞宗の僧侶は、得度を受けたときに師匠から戒と安名と法衣を頂きます。
(曹洞宗では十歳以上。宗務庁の手数料は無料です。)
「戒名料はいくらいくらです。」などと言ってしまえる見識のない僧侶の弟子にはなりたくないですよね。

2013-12-02 | Posted in 仏事コーナーComments Closed 

 

殺生が禁止された霊場、高野山

 10月に曹洞宗茨城県宗務所主催の檀信徒研修で高野山へ登りました。登りましたといっても、今は車で標高約1000mの山の上に広がる平地、高野山へと行く事が出来ます。紀ノ川沿いからさほど広くない道路をバスは、すれ違いに苦労しながら登って行きました。大門の前を通過すると、山の上の街並みが現われてきます。今でこそ、簡単に登れるようになりましたが、かつては、山道を苦労して登る霊場であり、女人禁制ということで女性の立ち入りが禁じられた場所でもありました。

 永平寺や總持寺といった曹洞宗の大本山へは研修等でよく行きますが、真言宗の総本山である高野山へ行くのは初めてでした。奥ノ院、金剛峰寺、壇上伽藍等をお参りし、宿坊に泊り研修しました。時の関白豊臣秀次が天下人太閤秀吉によって追放されたのもこの高野山です。かつて、女人禁制、殺生が禁じられた聖地であるというのは、石童丸の物語でもわかります。四国八十八か所を巡礼した人がその最後に奥の院へお参りに来ることも今回知りました。
 そこで、不思議に思ったのは、そこに逃げ込めば命を奪われることのない霊場高野山、そこに追放された秀次はなぜ、そこで切腹したのかいうことです。秀吉が切腹を命じたというのが一般的な説でしたが、最近になって、時間的な経過からみても、秀次は自ら切腹したのではないかという説が出てきました。私も、その説が本当だと思いました。  奥の院へ行くと黒田、前田、佐竹、といった大名、大企業の供養塔がたくさん立ち並んでいます。黒田家の供養塔の近くには、豊臣家、徳川家、織田家の供養塔があります。それをみると、争いの絶えない戦国の時代においてさえ殺生が禁じられた高野山は、人々にとって特別な場所だったのです。

 宿坊に一泊した後、バスは熊野へと向かいました。熊野を訪れたのは二度目でした。龍泰院は、熊野山という山号です。古から信仰を集めた熊野、そこが、どうして信仰を集めたのかを学ぶ旅になりました。

2013-12-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

紀伊半島大水害を乗りこえたお米が届きました

 2年前、平成23年9月3~4日にかけて、台風12号の接近に伴う未曾有の豪雨が紀伊半島を襲いました。東日本大震災からまもなく半年という時でした。、新宮市小原谷では、9月3日の一日の雨量が800mmを超え、4日には降り始めからの総雨量が1800mmを超えました。その後、観測機材は通信不能となり欠測となりましたが、2000mmを超えただろうといわれる記録的な大豪雨となりました。

 先月下旬に、曹洞宗茨城県宗務所主催の檀信徒研修で、高野山の宿坊に泊り、南紀熊野地方を訪ねました。二日目の昼食会場となった熊野川沿いのレストハウスは屋根の上まで増水し、完全に水没したようです。モニュメントが示す水位は屋根の上にありました。増水した熊野川と那智川は流域の住居や農地を遅い壊滅的な被害をもたらしました。

 和歌山県新宮市に隣接する三重県紀宝町鵜殿にある東正寺様からお米が届きました。平成15年に梅花流特派師範に就任した最初の年の11月、三重県第二宗務所を巡回したおり、住職の片野晴友老師に那智の滝や那智熊野大社、青岸渡寺を案内して頂いて以来ずっと親しくさせて頂いております。東正寺様では、平成20年に日曜学校の子供たちとお米を作ろうと田んぼを購入しました。平成23年には4日間かけて手植えで田植えを行い成長した稲を9月4日に稲刈りを予定していたそうです。その時襲ったのが台風12号による未曾有の大水害でした。田んぼは一面の砂山となり、お米を収穫することができなくなってしまったのです。
 1年以上かけた復旧作業も完了し、今年5月に再び田植えをすることができました。そして、収穫されたのが今回届いたお米です。これはおいしくない訳がありません。届いた翌朝に炊いたお米は、もちもちしていて本当に美味しかったです。

 平成23年紀伊半島大水害について、また、今回感じた、高野山と熊野地方の信仰については来月の法話で改めて述べさせていただきます。

2013-11-02 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

2020年へ子供たちに夢を

 9月8日、午前5時、龍泰院の本堂には、2020年東京オリンピック&パラリンピック招致活動をしてきた地域のみなさん、大子ジュニアレスリングクラブの子供たちと保護者、指導者のみなさんなどが集まり、IOCのロゲ会長の発表を待っていました。袋田の滝のゆるキャラたき丸くんも現れ、かたずを呑んで見守っていました。そして、運命の5時20分、「TOKYO」と発表になると、大歓声に包まれました。

 大子町では、袋田清流会の発案で、オリンピック招致ポスターを町中に貼り、8月5日に招致委員会の関係者を招いて、袋田滝本でビッグフラッグへのメッセージを書き込むイベントなどが行われました。そして、発表の時は、パブリックビューイングで盛り上げようということになり、うちで行うことになったというわけです。

 大子町では、レスリングの吉田沙保里選手が合宿したのを縁に、大子ジュニアレスリングクラブとのご縁が続いています。その卒団生の中にはオリンピック出場の期待がもたれる生徒がいます。また、大子清流高校の生徒にもウェートリフティングでオリンピック出場が期待できる生徒もいます。東京での開催ということになればその夢が広がります。
 前回の東京オリンピックが開催されたとき私は4歳でした。次の世代の人たちにも夢と希望を与えることができるのではないかと嬉しく思います。「子供たちに夢を!東北の被災地に希望を」2020年はあと7年後、それは、そんな遠い未来の話ではありません。

2013-10-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

南三陸町を視察研修して

 今日は、防災の日、関東大震災から90年という年です。先月下旬に教育委員会で南三陸町の教育委員会を訪問し、たくさんのことを学んできました。
 震災当日の先生と子どもたちの行動、避難所での中学生達の活躍、そして、防災訓練では中学生が中心になって避難所を運営したり、炊き出しをする訓練も行われているそうです。まさに、震災を教訓として震災からしっかり生きる術を学んでいると感じました。

 防災教育で大事なことは、「自分の命は自分で守る」ということに尽きるそうです。この重い言葉を大子町の子どもたちにも伝えたいと思います。南三陸町にある、歌津中学校の90パーセントの生徒が、「この町に残り、町の復興に関わっていきたい。」と考えているそうです。また、多くのこどもたちが、自衛隊の活躍に心を打たれ、将来は人のため、社会のために役立つ仕事につきたいと考えているそうです。
 この町の未来を担う、子どもたちの姿勢を頼もしく思うとともに、これからも継続して南三陸を応援していきたいとあらためて思いました。

2013-09-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

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