お知らせ

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収穫の秋

 厳しい大本山永平寺での修行中、一番感じたことは、「人間が生きていくうえで何が必要最低限のものか?」ということであり、それは、食べることであり、寝ることである。ということだ。食事と睡眠時間を極端に制限される修行の中で、人間にとって一番必要なものが見えてくる!すなわち、人間を育て、生きる力を生み出してくるのは食べることであり、身体をしっかり休めることである。
 高度経済成長の時代が終り、心の豊かさが求められる時代となり、食べることの大切さが見直される時代になった。ブログでも、家庭菜園の記事を載せている人は多い。私も、ブログの山寺日記に畑で作っている野菜を紹介しているが、いつも、反響の大きさに驚かされている。スーパーマーケッへ行けば一年中新鮮な野菜が手に入る。しかし、それだけでは物足りないと思う人も増えている。種を撒いたり植え付けてすぐに食べられる野菜もあれば、半年、一年かけて収穫にこぎつける野菜もある。蒟蒻などは3~4年かけてやっと収穫できる。時間と手間はかかるがそれだけに収穫の喜びは大きい。8月に開業したつくばエクスプレスの沿線では家庭菜園つきのマイホームが売り出されて注目を浴びているという。野菜を作る喜び、収穫の喜びを知る人が増えてきたのではないだろう。
 以前は里芋をあまり食べなかったうちの子どもたちが、一緒に芋掘りをしてからは、里芋が大好きになった。実際自分で育てた野菜たちは本当に美味しいのである。

2005-11-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

涼しくなってきました。

2005-10-02 | Posted in 坐禅会Comments Closed 

 

カラッとした心

10月になると、水や空気が澄みわたり、なんとも気持ちがいいものです。これから紹介するお坊さんはそんな秋空のように爽やかな方です。
その方が住職をされている、お寺を訪れると、お坊さんにも、おじいちゃん、おばあさんにも、そして、こどもにもお母さんにも大きな住職さんの声がとんできます。
「こんちわ~!元気かい~?」・・・ この、元気かい~?が何ともよいのです。疲れた様子のおばあさんもこの「元気かい~?」の声を聞くと、いっぺんに若返って元気になります。
格式の高いお寺の住職でありながら、誰に対してもこびをうったり、威張ったりすることはありません。回りが心配する位私利私欲が無く、私財を次々に投じて、境内を整備し、坐禅堂まで建ててしまいました。身体を使って働くことが好きで、朝早くから、動物の世話をしたり、畑の手入をしたり、一日中働いています。ふいの来客にもいやな顔もせず、親身になって相談に乗ってあげます。
私も見習いたのですが、なかなか持って生まれた引っ込み思案な性格で、「元気かい~?」の挨拶が気恥ずかしくて出来ませんが、いつかそんなふうになりたい、澄み渡った秋空を見て思いました。

2005-10-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

残暑があって蒸し暑い朝でした。

2005-09-04 | Posted in 坐禅会Comments Closed 

 

日本の宗教は祖霊崇拝

戒名をつけて頂き、仏教で弔われた戦没者が神様として、靖国神社に祭られているというのはおかしい!という方もいるかと思います。靖国神社については政治問題、国際問題になっているのでここでは深くはふれませんが、一般的な日本人にとっては、それは別におかしいことではないともいえます。 それは、ふだんの信仰にもあらわれています。お葬式は仏式で行っても、お正月には神社に初詣をする人も多いわけですが、実はそれも日本人の意識の中ではあたりまえの事です。仏教徒といっても特定の宗派の教義を信奉しているというよりは、祖霊崇拝が信仰の中心になっているからです。仏教自身が、教義を、広めるというよりも、その祖霊信仰の中に進んで取り込まれていくことにより、勢力をひろげてきたともいえる訳です。神社もお寺も自分達の祖霊を祀る存在です。そして、祀られた祖霊が自分達や子孫を守ってくれるというのが信仰の根底にあるわけです。 日本人は、山・太陽・滝など、大自然を崇拝しそこに神仏を見出してきました。仏教や神道もそうした日本人の原初的信仰と一体化されていたです。明治以降、神仏分離により、そうした神々への信仰が国家神道へと、また、仏教へと分離された訳ですが、心までは分離されなかったともいえる訳です。 檀信徒のお寺に対する期待は、葬儀や法事など先祖供養です。僧侶としては坐禅などにも親しんで頂きたいと思うのですがなかなかうまく行かないのもそのあたりに原因があるのかもしれません。最近、そうしたあたりまえの日本人の信仰というものを大切にしていきたいとも考えています。その中で、仏の教えを分かりやすく伝えていきたいと思います。早いものでもう9月、秋のお彼岸ですね。
2005-09-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

朝霧が立ち込め、蒸しました・・・

2005-08-07 | Posted in 坐禅会Comments Closed 

 

みなさんお盆ですよ!

お盆といえば、田舎に帰っって、お墓参りをしたりしてすごすのがあたりまえだったのですが、田舎の付き合いはめんどくさいからと、旅行に行ったりして過す人が増えているようです。中には海外に行く人もいて、お盆の様子もさま変わりしてきました。 お盆に、塔婆をあげたり、お坊さんに読経をしてもらうというのも、だんだん減っていくのでしょうか?しかし、お盆はお盆です。迎え火を焚きご先祖様を迎え、亡き方への供養をしながら過すのがお盆なのです。自分の命の根源というか、ご先祖さまとのつながりを、考えながら過す大事な期間だと思うのですが・・・、特に普段なかなか出来ない親子のふれあいを深める大切な行持だと思いますよ!遊びに行くのも良いですが、一日ぐらいは、先祖への祈りを込めて家族で一緒に過して頂きたいと思います。 先日、母の実家を訪ねた時、こども達とお墓参りをしてきました。こども達にとってはおばあさんの両親が眠っています。墓誌を見ながら、その人柄を説明してあげたら、あった事がなかったひいおじいさんとひいおばあさんを身近に感じてくれたようです。ひいおじいさんとおばあさんは八人います。その八人の存在なくして今の自分はいない!命のつながりってとても不思議です。 今年は、戦後60年の節目の時でもあります。戦没者への祈りも忘れずに過したいですね・・・。
2005-08-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

梅雨の中休み、蒸しました。

斎藤さんが初参加
2005-07-03 | Posted in 坐禅会Comments Closed 

 

戒律というものを考える

長女が先日15歳になりました。自分もそうでしたが、15歳の頃ってなかなか心が安定しない時期だと思います。最近、15歳の少年の犯した大事件が続きましたが、そのような報道に接するたびに心を痛めている方も多いと思います。 話は変わりますが、日本では、古来、人前結婚式が主流だったそうです。明治以降、キリスト教式の結婚式が行われるようになったのに対抗し、神道により、神前結婚式が行われるようになたっとか!日本では、多くの仏教徒が神式やキリスト教式で結婚式をあげる姿見られますが、人前結婚式的要素が残っているから可能なのでしょうか! それにしても、日本人の宗教観は不思議です。本当に宗教といえるのか疑問に思えるほどです。それは、戒律という考えが日本の仏教徒の中に希薄だからです。外国人に「あなたの宗教は?」と聞かれて、平気で「無宗教です!」と答える日本人が多いとか・・・。本人は得意になってそう言っているのでしょうが、世界の一般的な見方からすると、それはすなわち、どの宗教の戒律も守らない破戒者と見られてしまうことになるのです。 イスラム教でもキリスト教でも、信者は神との契約に基づく戒律を守ることを大事なことだと考えます。しかし、日本人の一般的な仏教徒に戒律という意識はあまりない感じがします。社会道徳や家庭内の秩序が守られなくなった時代、仏教徒にとっての戒律というもののを今一度見直す必要があるかと思います。せめて、不殺生戒だけでも・・・。 御本尊様とご先祖様を祀る仏壇が、それぞれの家にある日本の暮らしって、今の時代にこそ重要なことだと思いませんか?弟が兄を殺し、子どもが両親を殺す悲しい事件が起こるこの時代、正しく生きることを誓って下さい。それぞれの家にある仏壇の前に静かに座って・・・。 そして、7月、8月はお盆の季節、家族そろってお墓参りをしながら話をするのも意義深いことだと思います。今年も暑くなりそうですが、健康に留意して楽しい夏をお過しください。
2005-07-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

梅雨入り前の貴重な晴天。

吉川さんが初参加!
2005-06-05 | Posted in 坐禅会Comments Closed 

 

三十三回忌は最後の追善供養

5月28日、32回目の祥月命日に、亡き父でもある先代住職の三十三回忌追善供養を厳修致しました。年忌というのは、亡くなった年を含めて数えていきますので、32年目が三十三回忌になるのです。 今まで父の年忌供養は、他の法要にあわせて行ったり、家族・親族のみで行ってきましたが、三十三回忌は最後の追善供養ですので、父の友人や、当時の関係者、それから檀家総代の皆様にも参列して頂きました。みなさんの記憶が薄れているのではと思い、11名の方から文章を寄せていただき、当時の写真を交えて追悼誌を作成し参列の皆さんにお配りしました。パソコンとコピー機での手作りでしたが、私も知らなかったいろいろなエピソードや懐かしい写真は参列の皆さんに好評でした。当時の写真を見ると、32年前、中2だった私も含め皆さん若かったし、亡くなった方も大勢います。 兼務住職を務めていただいた永源寺の中村大信老師、初代護持会長の藤田宗太さん、副会長の斎藤正一さん、会計の藤田欣さんなど、当時の檀家総代の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。10年後には私を住職にするという目標をたてて、全員一致結束して、私たち家族を支えてくれました。 斎藤さんはお寺の仕事を手伝いに来てくれては、母や私たちにもよく冗談を言って笑わせてくれて、その笑いによって気持ちがだいぶ楽になった気がします。 近所の高安均さんは、朝の6時に必ず来てくれて鐘を撞くのに付き合ってくれました。寒い日や雨の日、サボりたくなっても、高安さんが来てくれるので私も頑張れました。また、近所の檀家総代でもあった藤田豊治さんは朝採りのキュウリを持って毎朝のように様子を見に来てくれてました。もう、皆さん亡くなってしまいましたが、そうした多くの人の支えによって今の自分があるのだと思います。 詠讃師の方と梅花講の方に追善供養御和讃、報恩供養御和讃等を献詠していただき、さらに、参列の皆さんにも僧侶と一緒に「妙法蓮華経観世音菩薩普門品」を読んでいただき供養いたしました。読経の中、懐かしい方々に焼香されて父も喜んでくれたと思っております。檀家総代22名の方も全員参列してくれて、設斉の席でも最後まで全員残ってくれました。挨拶で皆さんの席を回っていると、「座って一緒に飲もう!」と椅子を譲ってくれた総代さんもいてありがたく感じました。 三十三回忌で追善は終り、50回忌は報恩供養になります。その時、また皆さんにお目にかかりましょう・・・。
2005-06-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

ベトナムからミンチャンが日本の文化を学ぶ為、再来日!

久しぶりに坐禅を体験していきました
2005-05-01 | Posted in 坐禅会Comments Closed