月々の法話

月々の法話

給食万歳!

 「学校で何が一番楽しい?」と聞かれれば、迷わず給食が一番で、体育が二番とこたえる子どもでしたので、毎日の給食が待ち遠しかったのを記憶しています。今では当たり前になった学校給食ですが、大子町で始まったのは昭和40年からです。40年に町の南部で、42年からは全域で小・中学校で給食が行なわれました。当時は、コッペパンにマーガリン、牛乳におかずといった感じでした。時々出てくるソフト麺がご馳走でした。当時は、先割れスプーンで食べにくかったはずですが、夢中で食べてました。  今は、週五日の半分以上がご飯で、残りの日はパンかソフト麺です。パンとめん類は他市町村の業者が納入しているそうですが、お米は美味しい地元大子のコシヒカリを使って地元の業者が炊いてくれているそうです。近年、食育という言葉が使われるようになりました。食事は子どもの成長にとって大事なことです。栄養士さんが子ども達の健康を考え、安心安全の食材を使って、バランスの取れた食事を提供してくれています。しかし、今、育ち盛りの中学生にお残しをする子供が多いそうです。人によってはパンをぜんぜん食べないとか、半分以上残してしまうとか・・・。無理やり食べさせる事が教育ではありませんが、給食センターを見学させたり、作物を育てる体験をさせたりすることも食育になると思います。  袋田小学校では、今年、学校に隣接する田んぼを借りて、田植えから、稲刈り、脱穀などを子ども達に体験させました。そして、収穫したお米を、自分達で搗いて、お餅にして食べました。自分達で育てたお餅の美味しさは格別だたっと思います。そして、その体験は、大人になった時役立つと思います。食事に感謝するのは仏教はじめ多くの宗教でも基本中の基本ですから。
2009-11-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

大きく育てこどもたち!

 特派巡回で、講師として紹介される時、大子町を正しく(だいごまち)とよんでもらえることはほとんどありません。「たいしちょう」と呼ばれることがほとんどです。その時、大きな子どもの町と書いて「だいごまち」とよみます。と自己紹介の中で町の紹介をさせていただいています。

 その、大子町も少子高齢化で、平成元年には小学生2,103名、中学生1,134名いたのが、今年は、小学生843名、中学生509名にまで減少してしまいました。 そこで、大子町では、このたび、子どもを町の宝と考え、町全体で子育てを支援する事が重要だと考え、その具体策のひとつとして、小学校・中学校の給食費を無料化しました。大子町では、妊婦健診の完全無料化、子育て支援住宅の整備なども行なって、子どもを育てやすい環境の整備に取り組んで参りました。給食を頂くという事は大事な教育、すなわち食育でもあります。安全安心な地元食材を中心に国産食材で大部分をまかない、子どもたちが食事への感謝の心を持つ教育が行なわれています。

 先日、当山を会場に行なわれた梅花流特派講習会の講師でみえられた埼玉の山崎隆宏特派師範が、道で出合った子ども達に元気に挨拶されて、都会では見られない光景だといわれました。
 素直に挨拶が出来る、食事を感謝していただく、世界中の子ども達が教えられていることが日本では行なわれなくなりつつあります。もう一度、挨拶の大切さや、食事の大切さを子ども達にきちんと教えるのが地域の大人の役割だと思います。

 曹洞宗の太祖さまも「子は宝です!」といって子どもを大切に育てる事を教えられました。「大きく育てこどもたち!」私も、この言葉を地域の子ども達に送りたいと思います。

大子町立学校給食センターの様子は山寺日記で御覧下さい。
 
2009-10-02 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

奥尻島に咲いた梅一輪

 8月28日から9月4日まで、北海道第一宗務所を梅花特派で巡回してさきほど帰山しました。行きは特急白鳥で、帰りは寝台特急北斗星で、いずれも青函トンネルを通っての旅路でした。

 北海道巡回で楽しみにしていたことがあります。曹洞宗宗務庁が発行している月刊誌「禅の友」5月号の「梅一輪」のコーナーで、奥尻島の梅花講員さんのことが紹介されてました。原稿を寄せた芹田富美子さんは函館市古武井のお寺の奥さんです。奥尻島は、平成5年7月に地震と津波により大きな被害を受けました。津波で倒壊した本堂もその後復興し、お寺に梅花を学びたいという人が集ってきました。その奥尻の講員さんのために、車で2時間半、さらにフェリーで2時間15分をかけて指導に赴いていたのが芹田さんなのです。

 一日目の会場である函館市の北にある七飯町(ななえちょう)の宝琳寺さまで、講習を受けに来ていた芹田さんにお会いする事が出来ました。また、三日目の会場である、江差町小黒部(おぐろっぺ)の大円寺さまには、奥尻からも講員さんたちが講習を受けに来ていました。前日のフェリーで海を渡り、講習のあとは江差にもう一泊して、翌朝のフェリーで島へ帰るそうです。熱心な講員さんを前に、私も自分の持っている全てを伝えるつもりで精一杯講習を勤めました。講員の皆様の爽やかで温かな笑顔に見送られ会場を後にしました。梅花を通してつながるご縁の素晴らしさを深く心に刻んだ巡回でした。

 人生には辛い事や悲しい事いろいろあります。その辛い時に、悲しい時に、そこを乗り越えて歩んで行く力になってくれる人の存在があります。そんな人に出会うと、人間っていいなぁ~。と、思います。帰りの列車で渡島半島を南下しながら今回の巡回で出会った方々を思いおこしていました。

2009-09-05 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

山のてっぺんに湿原を持つ田代山

 7月20日の海の日、栃木県と福島県の県境にある太平洋と日本海の分水嶺、田代山に長男の光尚と登ってきました。田代山はプリンの形にたとえられる、山上に広い湿原を持つ不思議な山です。地域的には群馬と福島の県境に広がる尾瀬にも近く、隣接する帝釈山とともに尾瀬国立公園に含まれています。ただ、湿原自体が1973mの山頂近くにあるため、尾瀬ケ原よりも500mは標高が高く、人も押し寄せないため、ゆっくりと高層湿原の雰囲気を楽しめます。湿原には木道が整備され、湿原の高山植物を眺めながら一周することが出きます。山のてっぺんだというのにあちこちから水が湧き出している不思議な場所です。

 7月中旬はニッコウキスゲが遅い見頃を迎えていました。その元のほうにはよく見ると食虫植物のモウセンゴケが自生しています。食虫植物というとちょっと怖い感じがしますが、実は養分が少ない厳しい生息環境で生き延びるため、虫からも栄養をとるようになったそうです。ここで多く見られるタテヤマリンドウもキンコウカも非常に小さく、環境の厳しさを伺えます。また、逆に厳しいからこそ、他の植物が入り込んで来ない訳で、土が富栄養化したり、水が湧き出さなくなったり、地球環境が変わってしまったりしてしまえば、これらのか弱い植物は消えてしまうでしょう。

 下界は30℃を越える日でも、山上には冷たいぐらいの風が吹き抜けていました。まさに、山の上の楽園です。アキアカネにまじって珍しいオオルリボシヤンマが飛び回り、いろいろな蝶が飛び回るのを見ながら、自然の不思議さを感じました。帝釈天に守られているかのような存在の田代山の湿原がこのまま後世に残って欲しいと思いました。

 山登りの様子は、住職の山歩きで御覧下さい。

2009-08-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

何も悪くないのです

 6月の上旬に群馬県を梅花流特派師範として巡回してきました。ツルが舞う姿にたとえられる群馬県は山が高く、川がきれいで、温泉も良かったです。沼田にから入り、長野原、妙義、前橋、館林、桐生と回りましたの移動距離はかなりのものでした。 初めて入った草津温泉は、硫黄の匂いが強く、身体を癒してくれました。
 さて、今年の特派巡回では、4月の特派協議会の際、曹洞宗管長禅師よりお預りした告諭をそれぞれの会場で読み上げお伝えする事になっています。7年目にして初めての事で緊張しましたが、平易なお言葉は参加者の心に届いたようです。「混迷する現代社会我々の力で少しでも良い方向へ変えていこう。」 という力強いメッセージは、我々に力を与えてくれます。ひとりではどうにもならないことも、みんなで願ばれば世の中を変えていく力になります。助け合う仲間がいることは心強いことです。悲しみ悩む人に「ひとりではないよ。」 ということを、愛語を通して伝えていけたらと思います。

 ある会場で、まだ梅花を始めたばかりの講員さんがいました。聞けば、ある事件で大切な人を失った犯罪被害者家族の方でした。被害にあわれた方は、自分にも落ち度があったとか、もし、自分が別な行動をしていれば助かったかもしれない。などと自分を責めてしまいます。でも、被害者はちっとも悪くないのです。悪いのは身勝手な理由で犯行に及んだ犯人です。未解決の凶悪事件は数々あるし、犯人が捕まっても癒されない被害者家族も大勢います。そうした人たちにも、「ひとりじゃないよ!」と愛語を語りかけていきたいとあらためて思いました。

 現代社会において、孤独感を味わっている人、疎外感を味わっている人も多いと思いますが、そう人にも愛語が届いてくれればと思います。『愛語(あいご)能(よ)く廻天(かいてん)の力(ちから)あることを学(がく)すべきなり』 道元禅師が正法眼蔵の中で示された言葉です。

2009-07-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

シジュウカラの巣立ち

 1月23日に袋田小学校の5~6年生が自分達で作った巣箱を境内や裏山の木々に掛けていきました。桜が咲く頃、それらの巣箱に苔などをくわえたヤマガラやシジュウカラが出入りするようになりました。どうやら巣作りをしているようです。やがて、5月に入ると、親鳥達が交互に餌を運ぶのが見られるようになりました。小さな芋虫をどこからか運んできます。一週間もたつと餌の虫がだいぶ大きくなり、5~10分間隔で餌を運んでいます。そして、巣から出る時はフンをくわえて出て行きます。そうした姿は、朝早くから夕方まで続きました。

 シジュウカラの雛は孵化から20日位で巣立つといわれてますが、5月も半ばを過ぎるとオスは、すぐに巣箱に餌を運び込まず、巣箱の周辺を飛び回りながら餌をくわえたまま鳴くようになりました。それは、雛たちの巣立ちを促すかのようでした。そして、ついに巣立ちの時を迎えました。2~3匹が巣立ったあと、しばらくしてまた数匹が巣立ちました。翌日には最後の雛も巣立ち、巣箱も静かになりました。

 人間も多くの生物と一緒に地球上で生命の営みを続けているわけですので、野生の生物から学ぶことも多々あります。特に、親鳥たちが懸命に雛を育てる姿は見習わなければならないと思いました。
 子供たちが作った巣箱に守られ、ヘビやカラスなどの天敵に襲われることもなく、元気に巣立っていった子鳥たち、まだ、境内の近くにいるようで、昨日の朝も親鳥が子鳥たちに向かって鳴いていました。

2009-06-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

待てば海路の日和あり

 ことわざには先人の智恵がこめられています。このことわざは、「天候がすぐれず波も高い日が続いても、いつかは波もおさまり、船出にふさわしい日が来るように、今はだめでも、待っていれば必ず良い時が来る。」という意味です。

春先は風が強い日もあり、交通機関が運休したりしますが、いつまでもとまっている訳ではありません。風が収まれば、安全に出立することができます。でも、目の前の事しか見えなくなっていると待つ事が出来ず、あせってしまい、結局うまくいきません。時節が到来するのを待つのは人生も同じかもしれんません。そして、その船出の好時節をとらえて出立する判断も大事です。道元禅師は、修行をする上でも「その時」が大事だと述べられています。待つ勇気、そして、出立する勇気、を持って人生を歩んでいきたいものです。

 人生にも向かい風の時もあれば追い風の時もあります。向かい風の時は、自分を大きく育ててくれる試練だと考え、海路の日を待ち、追い風の時には謙虚に、そして慎重に歩を進めればきっとよい人生を送れると思います。

 今年の梅花特派の任地が決まりました。群馬県宗務所管内を6月に、北海道第一宗務所管内を8月から9月にかけて巡回します。北海道へは津軽海峡を越えて渡ることになりますが、どのようにして行くか思案中です。空路・鉄路・海路といろいろなルートがありますので・・・。

2009-05-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

親を泣かせてはいけないと思う

 先日、とある葬儀の後、司会を務めた方が、僧侶控え室に挨拶にみえられました。いつもなら、「お疲れ様でした。お陰で無事終了しました。」 という感じの通りいっぺんですむのですが、この日は違いました。というのもこの日は三十代で亡くなった息子を送る喪主がその人の父親だったからです。
 「長寿を全うしての葬儀も、若くして亡くなった方の葬儀も悲しいことに変わりはないと思うのですが、若い人の葬儀は本当につらいです。」と話し出し、しばらく、今まで経験してきたつらい別れの場面を話してくれました。親が喪主となる場合ですが、事件に巻き込まれての不慮の死、事故、病気、自殺などがあります。その中には、どうしようもなかったこともあるだろうし、避けられたかも知れない死もあります。いずれにしても、子を送らねばならない親の心情を思うと胸が痛くなります。司会をしていても、涙が止まらなくなるときがあるそうです。その思いは僧侶も同じです。そうしたつらい場面に立ち会うさがにある仕事が送りに携わる人達なのです。

 「親思う 心にまさる 親ごころ きょうのおとずれ 何と聞くらん」

 幕末の志士吉田松陰が故郷の両親に思いを寄せて詠んだ歌です。我が子の訃報を聞く親の辛さを忘れてはいけない。どんなに辛くても帰るふるさとある。暖かく迎えてくれる人々がいることを忘れないで欲しいと思います。その思いを胸に一日を大事に送って欲しいと願っています。
 4月は、巣立ちの季節です。親元を離れて新しい暮らしを始めた若者達へ今月の法話は贈りたいと思います。  

2009-04-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

「おくりびと」に思う

 本木雅弘さん主演の映画「おくりびと」が話題になっています。国際的にも評価され、表彰も受けました。本木さんが出演した映画というと、「ファンシイ ダンス」が印象に残っています。修行道場での生活ぶりを青春群像として面白く描いた映画でした。原作は茨城県土浦市出身の岡野玲子さんが書いた漫画で、彼女が知り合いから聞いた僧侶の僧堂生活を元に書いたと言われています。岡野さんは私と同じ年の生まれなので、もしかするとそのモデルになった僧侶を私は知っている可能性もあります。その岡野玲子さんは、手塚治虫さんのご子息手塚眞氏と結婚されているということを最近知りました。

 話を戻します。「おくりびと」は納棺師という職業を題材にしています。映画化にあたっては主演の本木さん自身が原作者でもある納棺師の所をたびたび訪れ、構想を深めていったそうです。実体験からきた死者を送る場面が、この映画をより人の共感を生むものへとしたのでしょう。

 納棺は、当地では入棺(にっかん)とよび、ごく身内で行なう葬送行事です。納棺師と呼ばれる人は立ち会わず、ごく身内の人で行なわれます。私も、僧侶という立場で、亡くなった人をお送りする役目をになっていますが、入棺に立ち会う事は希です。実は、まだ、この映画を観ていないので機会があったら映画館に足を運んでみたいと思っています。

 火葬場で遺体を焼く作業をしている人や、葬送儀礼に立ち会う葬儀社に向けられる世間の目はあまり良いものとはいえませんでした。しかし、この映画によってだいぶ変わったそうです。亡き人をお送りする葬送という事について、来月も引き続き考察を深めて参りたいと思います。

2009-03-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

僧は勝友なるがゆえに帰依す

 皆さん、友達はいますか!友達といっても幼なじみ、同級生、職場の同僚などいろいろあると思います。私の場合も、仕事柄僧侶の友人が多いので、友達としての付き合いもその方面に片寄ってしまいます。仕事上の付き合いの友人しかいなかった人が定年退職後、寂しい思いをするというのは良くあることです。

 私はいくつかのボランティア団体や趣味のサークルに属してますが、そうした団体での人との出会いは貴重なものです。仕事を離れ、年齢も関係なく、お付き合いが出来る関係は貴重だと思います。   新たになんらかの団体に所属すると新人ということで、いろいろ先輩に教えてもらう事があります。年齢も二回りも年上の人や、若い人との係わり合いの中で学ぶことも多いです。
 そして、新しい友達ができるというのも、得がたい貴重な縁を結ぶということになるのではないでしょうか。当山の坐禅会に来る方や梅花講に入った方も皆さん新しい友達が出来た事を喜んでいます。

 お釈迦様は、修行仲間の大切さを、「僧は勝友なるが故に帰依す」と説いています。すぐれた友との出会いというものを大事にしたいものです。

2009-02-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

笑う角には福来る

 一年前には、思いもよらなかった経済状況となり、株が大暴落し円高ドル安が大きく進みました。石油やガソリン価格も夏の頃には高騰しましたが、今はだいぶ安くなりました。世界経済が大混乱するうちに新しい年を迎え、この変革の時代を生き抜くのは大変かもしれません。
 さて、うちでは、家族の約束を決めて居間に張り出しました。

  1. 他の人の話を聞いてあげる
  2. 大きな声で怒鳴らない
  3. ケンカはしない
  4. いつもニコニコ笑顔で暮らす

 簡単にみえて、これを実行するのは大変です。こどもはつまらない事で喧嘩をはじめるし、人の話を聞かずにコミュニケーションがうまく行かないこともあります。しまいには大きな声で怒鳴ることも・・・
 でも、最後のニコニコ笑顔で暮らそうというのは誰でも出来ます。家族が笑って暮らせるって大事なことだと思います。いやだと思って不平を言いながら行なうと仕事も勉強もつらいと感じますが、楽しみながら行なうとつらくは感じません。掃除だってみんなで協力して、楽しい話をしながら行なうとあっという間に終ってしまいます。昔の集落で行なわれていた共同作業にはそんな面もあったような気がします。

 地域社会やPTAの役職が回ってきたり、頼まれたりする事があります。そんな時、面倒だと断る人が多いようです。人のためには働きたくないとはっきり宣言している人もいます。確かに貴重な時間を人のために使うのはもったいないし、その力もないと思っている人もいるようです。これからそういう人が益々増えていくのかもしれません。

 でも、地域社会で役を与えられて、皆さんと一緒に仕事をするということはけして損ではありません。多くの人との縁の中で多くのものを得る事が出き、人生を豊かにすることが出来るのです。

 お釈迦様も悟りを開かれ後、苦しみ悩む人の話を聞いてあげながら一生の間、旅を続けました。狭い心に閉じこもっていたらば教えが広まる事はなかったはずです。

2009-01-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

 

屏風岩でハヤブサを見た

 さる、11月17日、袋田の滝の新観瀑台、第3デッキで紅葉をバックに滝の撮影をしていると、屏風岩の方からバタバタと羽ばたきながら旋回する野鳥を見つけました。どうやら猛禽類のようです。たまたま来ていた観光商工課の係長さんに訊ねたら、ハヤブサではないかとのことでした。

 デジカメで撮影し、自宅へ戻りパソコンで拡大したところ、頬にある黒い模様が確認でき、間違いなくハヤブサだとわかりました。以前、境内に迷い込んだハイタカを撮影した事はありますが、飛んでいる珍しい猛禽類の撮影に心がときめきました。

 新しい観瀑台の効果で賑わう袋田の滝。そこは、野鳥の宝庫でもあります。今シーズンも滝川のほとりでカワセミやルリビタキに会えたらいいなと思っています。今年も年の暮れとなりました。来年が良い年でありますように。

2008-12-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed