ウソも方便
「ウソも方便」という言葉は仏教に由来する言葉です。また、「うそつきは泥棒の始まり」ということもよく言われます」
それでは、ウソをつくことが許される場合とはどういうときでしょうか?。
子供は自分を守るために小さなウソをつくことがあります。そうしたウソをゼッタイにいけないんだと責めたことがありませんか?
仏教にはウソも方便という言葉があります。社会的に弱い立場の人、こどもなどは場合によってはウソをつくことが許されるのです。ただし、その後、懺悔しなければなりません。仏様にウソをついたことをわび、心から反省することが大切です。
政治の世界などでもウソをついて、辞職においこまれる方がおります。心から反省することが必要かと思います。
相手のことを思いやってついたウソなどは、許される場合もあります。しかし、出来ればウソをつかずに正直生きたいものです。
2013-12-02 | Posted in 仏事コーナー | Comments Closed