月々の法話

月々の法話

初心の弁道はすなわち本証の全体なり


3月12日に、常安寺の徒弟で私の甥の文雄くんが大本山永平寺東京別院に上山しました。 前日、常安寺本堂でお経を読んで、みんなに見送られ、手甲・脚絆に網代笠といった雲水支度で駅まで歩いていきました。見送る人たちもこれからの厳しい修行を想像し、涙での見送りでした。 文雄は、未熟児で生まれ、しばらくは、離れた病院で育ちました。その間、私が母乳を水戸の病院の産婦人科病棟まで届けていたので、大きくなった甥の姿に感無量です。 修行に入ると、約一週間は旦過寮で一日中坐禅をして過ごします。そこで、認められて初めて正式な雲水として、そこで修行することが許されることになります。 私も、21年前に、福井の大本山永平寺で10日間の旦過寮と、それから毎日続く厳しい修行の時を過ごしました。その旦過寮で、新人の雲水を指導する客行(かあん)和尚さんより「初心の弁道はすなわち本証の全体なり!」初発心の時の気持をずっと忘れずに!という道元禅師のお言葉を頂きました。 今、この言葉を、新人の雲水として毎日の修行にのぞんでいる、甥に贈りたいと思います。 今の厳しい修行が、僧侶として生きていく、血になり、骨になっていくのですから。
2004-04-01 | Posted in 月々の法話Comments Closed 

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